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B:そして、きょうのゲストは因幡晃さん。
要:きょうはヨーロピアンなメロディとか、サウンドについて語っていただけると思います。
B:ライブもたっぷりありますので、お楽しみに。B:早速お呼びしましょう。因幡晃さんです!
(因幡さん登場。要さん、BUTCHさん拍手)
因幡さん(以下「因」):よろしくお願いします。
B:ようこそおいでいただきました。もう、25年を越えましたよね?
因:25年がおととし('00年)ですから、27年ですね。
要:かなりぼくらも20年越えてからデカい面してましたけどね、きょうは恐縮モードでお届けしよう、と(苦笑)。最初因幡さんが出ていらしたのは、ヤマハのポプコンでしたよね?
因:そう。ヤマハのポプコン。あれは’74年かな?中島みゆきが同期なんですよ。ぼくは東北代表で、彼女が北海道で、という年でしたね。<「『わかって下さい』誕生秘話」> 要:それまで、いろんなライブ活動をして、たまたまコンテストに行ったんですか?それとも、ソングライターとして行かれたんですか?
因:いや、ぼくは秋田県の大館市で生まれて、そこは鉱山の町なんです。で、ぼくは親の面倒をみる、とか、それから(鉱山の)仕事が好きだったから、その仕事に高校を出てから就職したんですよ。そこ(大館)は全員が鉱山の何かしらに従事している町だったのね。その鉱山の仕事をしつつ、ま、炭坑とは違うんですけど、鉱山。銅、鉛、亜鉛、鉄。それらを地下資源から掘り上げてくるのが採鉱、と言うんです。ぼくのセクションは、次の「選鉱」というところの実験室にいて、放射線分析だとか、化学分析だとか、そういうのをやってたんですよ。その実験がまた退屈なんですよ。同じ作業で。フラスコを振ったりとか、そうしてるうちに鼻歌でふっ、と歌い出したのが、この「わかって下さい」で。よく言うじゃないですか。「ふっ、と落ちてきた」みたいな。
要:ほぉ…!「炭坑節」ですね!
因:炭坑じゃないって(笑)。
B:鉱山ね(笑)。
因:それで、ヤマハのポプコンがあったから作ったのか、(曲が)出来たから(ポプコンに)出してみようか、と思ったのかは別にしても、(ポプコンで)勝ち抜いて行って、シングル盤が出来たんですよ。嬉しかったねぇ〜。だからぼくは、これでいいや、と。鉱山の仕事もあるから、プロにはなるまい、と思ってたんです。だから1年近く「二足のわらじ」ですね。レコードを出しつつ、鉱山の仕事をしていた、という時期がありましたね。
要:それが、こんなにもみんなに聴かれるとは思わなかった、と。
因:そうですね。「わかって下さい」を作ったのが初めての曲だったし…。
要:えっ!!初めての曲!?
因:初めての曲。これを人前で歌ったこともなかったし…。
B:それがいきなり……へぇーっ!M:「わかって下さい」(因幡晃;スタジオライブ) 因幡さんと言えば、勿論この曲ですね。ところで、この曲を聴く度に思うのは、イントロのDメジャーからマイナーに転調する部分が実に絶妙であること。このヒントは、実は後ほど演奏される2曲目のスタジオライブに隠されていたような気がするのです(それは後述します)。
<「デビュー当時」> 要:因幡さんがポプコンで、自分の歌が世の中に知れ渡ったわけじゃないですか。しかもそれが鼻歌で歌った一曲。そこで自分が、ソングライターあるいはシンガーとして、「やろう」という決心をしたのは?
因:いや、決心めいたものはなかったですよ。ただ「すごいことなんだな」と思ったのは、ぼくが田舎にいると、みんな静かにしてくれてて、事の重大さをあまりよく知らなかったんですよ。(オリコン等の)業界誌ってあるじゃないですか。あれが、どこ見ても1位とかになってるわけですね。で、2年ぐらいで「100万枚」とかなんとかいろいろ言われて。大館にいた時、みんながひっそりとしていてくれたから、すごいものを感じなかったんですよ。
要:それは町の人が知らなかったとかじゃなくて?
因:(苦笑)それは知ってましたけどね。
B:えっ?あれだけ大ヒットしている最中に、大館に住んでたんですか?
因:そうです。鉱山の仕事がありますから、(東京に)出てこなかったんですよ。だから、LP(1st「何か言い忘れたようで…」)作ろう、っていう話になって、夜行で出てきて、2、3日「すみません」と仕事替わってもらって…3交替制だったから(笑)、レコーディングやって、1日に20社とかの取材を受けて、またすぐ帰ったり、とか。そういうことを頻繁にやってましたね。だから自分の事の大変さを知らなかったですね。<「人生の分岐点」> 因:ただ、一年ぐらいして、やっぱりどっちかを取らなくちゃいけない、という時期になって、「親父、どうしようか?」と言ったら…当然親父は「お前は俺たちの面倒を看るだろうし、鉱山に就職できたんだから、(大館に)いるだろ?」と言うかと思ったら、「いや、お前の人生なんだから、お前が決めろよ」と言ってくれたんですよ。「嘘!親父がこんなこと言うの?絶対反対されると思ったんだけど、いいの?じゃあ、歌っていうものをやってもいいかなぁ?」というので飛び込んだんですよ。それから何年間というのは「だめだったらいいさ。山(鉱山)があるさ。帰りゃいいさ」っていうすごい楽な気分で、東京だったり、日本国中回ってましたね。
<「武道館LIVE」> 要:その、ご自身で歌を作られて、当然自分で歌われたわけですよね。じゃあ、その時既に何千、何万という観衆ですよね。確か武道館でもやりましたよね?
因:やりました。
要:そうですよね。その時、(観衆が)くさるほどいるわけじゃないですか(笑)。そういう時の感想とかは覚えていらっしゃいますか?
因:あのね、若いから順応出来た、というんでしょうかね。石を焼いて、という硬い青年が、最も軟らかい音楽なんていうのをやり始めて、山の中で育った子が、銀幕のところにいるわけですよ。そんな切々と歌う自分の姿を不思議そうに上から眺めている自分もいるんですけど…。ま、不思議でしたね。だから、その頃のことは記憶にないんですよ。
要:その頃はおいくつだったんですか?
因:「わかって下さい」の「私の二十歳の…」という歌詞があるんで、20歳に作って、21歳にデビューでしたから。
要:20歳…。<「影響を受けた音楽」> 要:例えば、歌謡曲とか、世の中で流行ってたような歌というのは聴かれてたわけですよね?
因:「どういうアーティストに憧れて、影響を受けたのはどんな人ですか?」と言われると、当然、ビートルズと言ったりとか。でも、それ以前に、確かに日本の歌謡曲というのかな…。
要:当時どういうのを聴いていたんですか?
因:布施明さんとか、弘田三枝子さんとか、そういう人が、ヨーロッパの歌を日本語に直して歌ってたじゃないですか。
要:歌っていらっしゃいましたね。
因:それがラジオからよく流れていて、5歳上に姉貴がいるんですけども、姉貴がそういう歌を好きで、よくソノシートとかを聴いてて。だから、ビートルズよりもそういうものに影響を受けてて、それが「わかって下さい」にしても、どっちかと言うと雰囲気がヨーロッパだったりとか。
B:そうですよね。「わかって下さい」がヒットした後にフランス語バージョンが出ましたし、また、つい最近出した(因幡さんの)アルバム(「HOLIDAYS」)でもセルフカバーとして歌っていらっしゃいますけど、あれはバンドネオンとかがバックにあってもおかしくない、という感じがしますね。
要:そういうカンツォーネとかシャンソンとかいうのは、好んで聴かれてたわけではないんですか?
因:好んで聴いてたわけではないんですけど、何故か周りにそういう音楽が流れてましたね。
要:ああいうのってインパクト強いんだよね。オレもカラオケに行って「ラッパ〜、パヤパ〜ン♪」って「ろくでなし」歌っちゃったりする時あるもんね(笑)。誰が歌ってたのかも知らない(アダモ。日本では越路吹雪さんがカバー)んだけど、何か覚えちゃったりするんだよね。
B:最近ではCMでもジリオラ・チンクェッティが使われたりね(現在、乗用車のCMに使用されている曲は「雨」。原題「La Pioggia」)。
要:いわゆるヨーロピアンな、ま、あれはサン・レモ音楽祭ですよね。あの頃はサン・レモ音楽祭から随分といろんな名曲が生まれましたよね?
B:ヴィッキーの「恋は水色」とか。
因:トニー・ダララとかね。
B:確かに、森山加代子、九重佑三子、弘田三枝子、伊東ゆかり…。
要:ぼくらの子供の頃って、アメリカのヒットポップスと同じように、フレンチポップスが流行ってましたよね。(「あなたのとりこ」の)シルヴィ・バルタンとかもそうだったからね。何が違うんですかね?アメリカのメロディと?
因:やっぱり言葉が全面に出てくるところかなぁ?…それと、何とも言えない…うーん、よく分かんないですけどね。だから好き嫌いもあるだろうし。
要:そうですね。好き嫌いははっきりするところがありますね。
B:アメリカのポップスとは、ちょっとまた違うんですよね。フランス、イタリア…。そう言えば因幡さんはギリシャの歌もカバーしていらっしゃいますよね。レコーディングのやり方の違いもあったんでしょうけど、あの当時って、歌っている人の声が全面に出ていて、(バックの)演奏を抑える傾向にありましたよね?
因:そうですね。敢えて今回昔のヨーロッパの曲を歌おうと思って、また聴き直してみたんですよ。そしたらすごく短いんですよ。2分台とか…。
B:長くて3分とか。
因:そうです。美味しいところは一回こっきりとか。そういう意味で贅沢な作り方をしてたりね。とにかくシャンソンは言葉の韻を踏んで、やっぱり詩の世界なんですね。で、カンツォーネは、何でも明るくしちゃえ!みたいなところが、昔は感じなかったものが、分析してみると面白いのを感じましたね。
要:おそらくぼくが考えるに、アメリカのポップス、あるいはイギリスのポップスもそうかもしれないけど、基盤になっているのは、意外と黒人音楽だったりするのね。その匂いがシャンソンとかカンツォーネには全くないんだと思うんですよ。(シャンソンやカンツォーネは)ブルーノート(ブルースで頻出する、音階の一種)とか使わないしね。で、逆に、不思議な(音の)使い方をする時があるわけですよ。そういうフレンチポップスは。それが妙にお洒落だったりするしね。そういうところは確かにありますね。<「スタジオLIVE」> 要:このアルバム「HOLIDAYS」の中からカバーをご披露していただける、と。
B:タイトルチューンの、ミッシェル・ポルナレフ「愛の休日(HOLIDAYS)」を。
要:これは’70年代に流行った曲ですよね。
B:’70年代初頭だったと思いますけどね。ま、当時のレコード会社さんのタイトルの付け方ってすごいですよね。「愛の…」とか「悲しみの…」とか「哀愁の…」とか。
因:そうでしたね(笑)。
B:本来は「人生の意味を、飛行機の上から下界を見てて思う」という、ちょっと重い歌詞ではありますが、何故か「愛の休日」という…。
要:これ、フランス語バージョンというのは、歌詞を完璧に覚えられてるものなんですか?
因:ま、弾き語りでは歌詞カードを置いていますけど、殆ど見ていない状況なのでね、そらで歌え、と言われれば歌いますけどね。
要:そうですか。
B:それでは聴いていただきましょう。M:「Holidays〜愛の休日」(因幡晃。原曲はMichel Polnareff;スタジオライブ) ギターを持たず、ピアノ演奏をバックに歌う因幡さん。前述したように、この曲もメジャーコードのイントロからマイナーに転調するのです。その時、これまでの会話にあった、小さい頃に聴いていたというフレンチポップスのエッセンスを、「わかって下さい」に配しているその理由が何となく理解できたような気がしました。
<「秋田弁講座」> B:ご出身が秋田ということで…。
因:「だす(笑)」。
要:ウチの親父も秋田なんですよ。だからぼくもヒアリングはOKなんですよ(笑)。かなり濃いとこまでヒアリングは出来るんですけど。
因:(笑)そうですか。
B:ぼくら九州人にとっては、青森と秋田と岩手と、あの辺の区別が付かないんですけど、やっぱり違うんでしょ?
因:「だぁっすね(笑)」。
B:聞くところによると、秋田弁とフランス語の区別が付かなくなる、という(笑)。
要:(笑)。
因:そうなんですよ。この口の曖昧さ。あまり開けないんですよ。
要:あんまり開けないんですよね。寒いからなんですかね?
因:凍って「すまうんだ(しまうんだ)」ね(笑)。あのね、秋田は語源が分からない言葉がいっぱいあるんですよ。なまったりとか変形したんではなくて「何でそんなこと言うの?」みたいな。
要:だって、たくあんのことを「がっこ」って言いますよね?
因:うん。「がっこ」。あれを薫製にしたのを「いんぶりがっこ」って言うんだ。あれが香ばしくてうめぇんだ(←この部分は秋田弁のイントネーションで読んで下さい)。
要:(大受けのご様子)。
因:秋田で「け」っていうのがあるんですよ。髪の毛の「け」ね。それと「こっちおいで〜」っていうのも「け」って言うんですよ。だから「こっちゃけ」って。それから「召し上がりなさい」というのも。
要:そうそう!「食べろ」っていうのね!
B:鹿児島がそうなんですよ。鹿児島の「カニ買ってこい」っていうのが「け、け、け」ですからね。近いのかな?
因:「美味しいから召し上がって下さい」というのを「めからけ」。目から毛が出てるのか?って(笑)。
要:見たいな。そんな人(笑)。
因:それから「かゆい」も「け〜」。だから「背中がかゆい」というのは、背中が「へなが」ですから「へながけ〜」。
要・B:(笑)。<「秋田弁によるフランス語講座」> 因:では、フランス語講座。これから雪が降ります。そして春になりますと、だんだんと雪が溶けてきてどろどろになっちゃうんですよ。ちょうど成人式の時なんか晴れ着着たお嬢さんがいますけど、泥はねちゃうんです。可哀想ですね。それを秋田では「○△※□¥▽×?♪☆」。
要・B:???…(苦笑)
因:「○△※□¥▽×?♪☆」。
B:これは多分ディレクター的にはテロップを出したい筈なんですけど、無理です!
因:それを気分入れて言うと…(と、先ほどの文章をフランス語っぽく言う因幡さん)。
要:(笑)。
B:フランス語じゃないですか〜。
因:「いえのめのかんどう」…これは「家の前の街道」、「道路」のことなんです。「あげば」…歩くと。「やばつくて」…これは、泥がはねて汚い。「あげねぇ」…歩けないね。つまり「泥はねて汚くて歩けないね、この家の前は」と。(再びフレンチっぽく→)「いえのめのかんどうあげば、やばつくて、あげねぇ」。
B:(爆笑)。
要:それ、ただ声低くして言ってるだけじゃないかよ〜!(笑)
B:でも、博多弁でもフランス語っぽいものありますもの。
要:何?
B:「調子、どう?」っていうのは「ナンシヨン?」(何しよん?)。
因・要:(笑)。
B:これがイタリア語になると「ナンバシヨルト?」(何ばしよると?)。で、「もう一軒飲みに行くぞ」って言ったら「ノミタランテ」(飲み足らんて)って言いますからね。<スタジオLIVE> B:アルバム「HOLIDAYS」。これはミッシェル・ポルナレフの歌で大ヒットしましたからね。かと思えば、さっきも話が出ましたけど、イタリアだったりギリシャの歌だったり…。
要:ぼくはあれが好きだったな。「ラ・ノビア」。あれはいい曲ですね。ペギー葉山さんが歌っていらしたんですよね?
因:そうですね。元はトニー・ダララかな?M:「ラ・ノビア」(因幡晃;原曲はTony Dallara) 前回の「HOLIDAYS」はフレンチポップスの代表曲ですが、こちらはカンツォーネの薫り高い曲(ペギー葉山さんの公式ページ http://peggy.musical.to/で見たところ、この曲のルーツはチリだそうです)。ピアノが刻むリズムは、バッハの「主よ、人の望みよ喜びよ」のような、教会音楽的な3連符。「Ave Maria」の部分を歌う因幡さんの節回しは、カンツォーネらしく突き抜けるような味わい。それでいて独特の鼻に抜ける(失礼!)感じが因幡さんのオリジナリティにあふれていました。
B:アルバムの最後に「そして今は(ET MAINTENANT)」という曲が入ってるんですけど。
因:ジルベール・ベコーね。(ベコーが)好きで、東京に来た時会いに行って、握手してもらったんです。
B:ジルベール・ベコーと?
因:そうです。あと、フランスで見たかな?
要:「ベコー」って、牛のことを言うんじゃないんですか?(笑)
因:それは「べこ」だぁ〜(笑)。
要:失礼しました(苦笑)。
B:で、勿論「わかって下さい」のフランス語バージョンもあって、これはいわゆる2002年バージョン。
因:そうですね。
B:でも、「わかって下さい」は名曲ですね、やはり。これが鼻歌で一発出来たかと思うと。ぼくね、世界中で鼻歌で出来た名曲を2曲知ってるんです。ひとつは「わかって下さい」なんですけど、もうひとつはチャーリー・チャップリンが「ララリララ〜♪」って…、
因:「ライムライト」?
B:そうです。あれは口笛で作曲したんですって。<「実は“暗い”のは楽だった?」> 因:何にも知らないところから始めたんで、ま、「わかって下さい」が売れて、周りから「因幡。分かってると思うけど、2曲目も『マイナー』な(曲を書け)」と(笑)。「はーい」ってな感じでマイナー(コード)で作って、「別涙(わかれ)」という曲。これもまた売れたんですね。で、「因幡。分かってると思うけど、3曲目も『マイナー』な…」(笑)。その要求をちゃんと飲んで…。つらかったですよ(笑)。弱冠二十歳の青年が(マイナーコードの曲を)生みだしてるわけですから。
要:それはステージで表現されるというのはなかったんですか?
因:それもない。だから、暗い、ってことは、結構(ステージで)喋らなくてよかったり…。
要:(笑)。
因:だから、自分自身がまだ確立していない、と言うか、自分自身がまだ分かんない頃じゃないですか。周りから「暗い」と言われれば「そうか、楽でいいな」みたいな。
要:じゃ、ステージではあまり喋られなかったんですか?
因:喋らなかったですよ。喋っても(明るく→)「こんばんはぁ〜!」じゃなくて(低い声で→)「こ・ん・ば・ん・は」…こういう感じです。
要:おーっ。
B:誰かとはえらい違いですねぇ!(笑)
(画面が要さんのワンショットに切り替わって…)
要:(苦笑)いやいやいや。
因:のっけがそういう状況ですから、苦労して(お客さんに)来てもらっても、何かのサービス精神なんて全くなかったわけですよ。あと、虚像と実像があって、お客さんはオレの気が付かないところで、(暗く)いて欲しいんじゃないかな?と。
要:そういうイメージ通りに?
因:喋らないように楽にしておけばそう感じてくれるし、曲に詰まっちゃうと(お客さんが)「あ、つらくて歌えないんだなぁ」みたいな(笑)。<「スタジオLIVE」> B:アルバム「心象風景」の中から、ちょっと重ための曲ではありますが「めぐみ(MEGUMI)」という曲を。これは横田めぐみさんをモチーフにした、と。
因:はい。これはぼくの作品ではなかったんですけど、2年近く歌い続けている曲でございます。
B:もう何の説明も要らないと思います。じっくり聴いていただきたいと思います。M:「めぐみ(MEGUMI)」(因幡晃) B:今度はおふたりのコラボレーションということで、ビリー・ジョエル「素顔のままで」を。以前は要さんひとりでやったバージョンもありましたけど、今回はおふたり、ということで。これはどちらから?
因:ぼくから、ぜひお願いしよう、と。
B:何か基準というものがあったんですか?
因:いろんな思い出はあるんですけど、とってもいい曲なので。
要:いい曲ですよね。要するに「君は変わることなんかないよ」という。
B:「流行りのスタイルなんかする必要ないんだ。素顔のままの君がいい」っていうね。
要:内容的には「マイ・ファニー・バレンタイン」と歌詞が同じところにあるんだけど、メロディラインがほんとにうっとりするんだよね。
B:名曲中の名曲をおふたりのコラボレーションでお楽しみ下さい。M:「素顔のままで〜JUST THE WAY YOU ARE〜」(Billy Joel) 編成/因幡さん;アコースティックギター、ヴォーカル
要さん;アコースティックギター、ヴォーカル
喜納政明さん;ピアノおふたりが交互にメロディを取る形で展開されました。時折要さんがハンマリングのような指使いをしていたのに注目してしまいました。因幡さんは終始スリーフィンガーでリズムキープ。ラストの大サビは因幡さんの個性が出ている歌い方で、まさに因幡節です。
B:おふたり、いかがでしたか?コラボレートは?
要:オレがちょっと足引っ張ったかな?(苦笑)
B:要さんも因幡さんもそうなんですけど、ミュージシャンとして長年やってる人っていうのは、オリジナルなところがすごくあるじゃないですか。だからビリー・ジョエルの名曲なんだけど、やっぱり「因幡節」っていうのかな?とても素敵な歌声とギターワークをありがとうございました。<「今日の音」> 要:今日の感想を音で表していただきたい、と。
(因幡さんは「G」「A」「B」「「G(オクターブ上)」のアルペジオと、それらを押さえたままでのコードをひと鳴らししました)
要:その心は?
因:あ、答えなきゃいけないんだ?(苦笑)…とっても歌は暗いけど、メジャーな気分になりました。
要・B:結構なお点前でございました。
(ギターにサインを入れる因幡さん。角張った、力強い字体で「因幡晃」と記してくださいました)
B:因幡晃さんにお越しいただきました。ありがとうございました。
因:ありがとうございました。失礼いたしました。(2週分通しての感想)
このシリーズを見た後、因幡さんのステージを地元CATV局が収録したVTRを見直してみました。すると「別涙(わかれ)」の流れるようなメロディラインは、ここで語られていたようなシャンソンの香り。こうしたバックボーンを知って聴くと、因幡さんの曲が言葉の貼り付きを大切にしていることに改めて納得したのです。今回も音楽の聴き方で新たな発見をした、私にとって意義のあるシリーズでした。うむ、やはりこの番組、奥深いぞよ(笑)。
(レポート:セントウルさん)