「My Love」発売記念

根本要スペシャルトーク&ライヴ
  12月22日(土)18:00開場/18:30開演
場所;目黒区公会堂

このライブは、シングルCD「My Love」購入者の中からハガキで応募して抽選で参加できるというもの。

以下の日程で行われたが、このレポートは最終日東京のもの。

日 程

開場/開演

開催地

会 場
12月13日(木) 18:30/19:00

福岡
都久志会館
12月14日(金) 18:30/19:00

大阪
門真市民文化会館 
12月15日(土) 18:00/18:30

名古屋
東別院ホール 
12月16日(日) 18:00/18:30

札幌
アーバンホール 
12月18日(火) 18:30/19:00

仙台
戦災復興記念館 
12月22日(土) 18:00/18:30

東京
目黒区公会堂

各地の簡単なレポート、よかったらぜひ送って下さい。こちらまでお気軽にどうぞ。


M1 Happy Christmas
M2 シュガーはお年頃
M3 夢伝説
M4 My Love
M5 トワイライト・アヴェニュー
M6 1%の物語
M7 Here Comes The Sun
M8 New York State Of Mine
M9 少年
M10 ふたり
M11 ブラックペッパーのたっぷりきいた私のつくったオニオンスライス
M12 Goin' Back To 1981

アンコール
EC めぐり逢えてよかった

「寒い!手の指の感覚が無い。」

という要さんの第一声から始まった、トーク&ライヴ会場である目黒区公会堂は2階席まであり、キャパシティ約1000人!という外見とは想像つかない(笑)立派なホール。「ちょっと大きすぎちゃったかなぁ…」というのは客席を見回しての要さんの弁。

ステージ上にはアコースティックギターとアンプだけ、そして要さん一人という形態でのライブは今までなかったと思う。「1人って寂しいよ、こっちにVOH、こっちに柿沼がいて、フォローしてもらえないもんな。」と、1人ではなにぶん心細い、というわけで開場を待つ間から開演まで、お客さんに配られたアンケート用紙をもとにトークを展開しつつ、「Style」のアルバムプロモーションもしっかり。まさに訪問実演販売状態(笑)。開演を待つ間はもちろん、アルバム「Style」が客席に流れていた。お客さんの中にはすでにアルバムが手元にある人や、まだ聴いてない人など、さまざまなので、そのあたりは他の会場とはまた反応が違うかも。

なぜ「目黒区公会堂なのか?」という単刀直入な質問には、「できるだけたくさんお客さんを呼べて、安く借りられる会場を選んだ。」とか。(要さんの自宅の)地元だから?、と言われるが、

「オレは品川区民だ!」

「確かに目黒駅の近くに住んでいるが、目黒駅は品川区にあるんだよ〜。」(ちなみに品川駅は港区)と要さん力説!

土曜日ということもあってか、富山県(!)から(「薬売りに来たの?」と突っ込まれてた)大阪府からなど、遠方から来た方も多く、「まるで全国大会だな。」と要さんもびっくりしていた。

何がスターダスト・レビューなのか?

今回、外部プロデューサーとして真心ブラザーズとかエレファント・カシマシなどのプロデュースしている熊谷昭氏を迎えた。彼はもともとスターダスト・レビューをよく知らない人だった。そんな外部の人にプロデュースしてもらうことはもちろん初めてのことだったので、自分達が気付かない別のスタレビの局面を出すことができるんじゃないかと思った。まず、今までのスタレビの楽曲を聴いてもらって熊谷氏に言われたことは、

「要さんは嘘つきです。」

びっくりした。そりゃ確かにオレは嘘つきだけど(笑)、音楽的には嘘はついてないつもりだった。プロデューサーである彼に言わせると「要さんは本気を出して曲を創って無い」そうだ。確かに今まで「バンド」と「ライブ」というものを常に念頭に入れ、ライブでできるような楽曲、そしてバンドとしての全体のバランスを考えて100%自分の力を出していたとは言い難い。足りない部分は他のメンバーにフォローしてもらうつもりで創っていたから。

ずっとスタレビを聴き続けてくれるファンに対してだったら、それまでの形でもよかったかもしれないが、15年目、20年目にして初めてスタレビに出会ってくれたファンがいるとしたら、「これぞスターダスト・レビュー」というものをお見せしなくては失礼じゃないか、と思った。

「それじゃ何がスターダスト・レビューなのか?」

「それは要さんのボーカルです。」根本要のボーカルを前面に出したアルバムを創りたい、それがスターダスト・レビューだ、と熊谷氏。それから約40曲くらい「これぞ」という曲を創って聴いてもらったところ、「どれもいい曲ばかりだ!」と絶賛され、じゃあこの中でシングルはどれにしようか?という段階に入ったが、

「シングルにできる曲はありません」

え〜ッ?「1曲だけ簡単に創って下さい。詩は要さんの恋愛観をうたったもの。でも簡単な日記のようなものでいいですから。」という指示に従って、一晩で1曲書き上げたが、問題は歌詞、日記のような感じでいざ書こうとしたが…

「オレは日記を書いたことが無い!」

ということに気付いた(笑)。考えてみればオレは幼なじみというか若いときに出会った彼女とそのまま結婚したから、気付いたらそばにいた、という感じで恋愛といえるようなことは経験がない。だから恋愛というよりは「存在自体を愛と呼べる」ような愛について、「赤裸々々々々々」に書いた。人間というものは生まれた瞬間から「死」に向っている、それは悲しいことかもしれないが、必ず迎える「老い」、歳をとることというのは「罪悪」じゃない。

オレも夜のクラブ活動はすることがあるが(笑)、女性に歳を聞くことは悪いことだとは思わない。「いくつに見えます?」って言われるが自分が「25歳だ」と思えばそれでいい。「20超えるとオバサン?」ふざけるなって(笑)。

シングル「My Love」について

「My Love」のギターは小田和正さんの「ラブストーリーは突然に」の出だしのチャカチャン♪というフレーズでお馴染みの佐橋佳幸くんにお願いしたら、あいつ生ギターを2本も使ってきやがった(笑)。右から聞こえているほうはカポタストというのを使っていて、これを1本で表現するのは大変なんです。一生懸命弾いていると、

「あ、歌も唄わなきゃ…」

って歌を忘れそう。今回レコーディングして「人の力を借りることはすばらしいことだ」ということが分かった(笑)。

ところで、シングルってどうなんだろう?みんな買うものなんだろうか?

「オレは買わない(笑)」

…まあ、たまに買ってみると面白かったりするけどね。今回カップリングに入れた「Rockn' Roll Bible」は愛媛FCというサッカーチームが新しくできると聞いて、その応援歌を唄って欲しいと頼まれて創ったが、自分が音楽だけではなく生き方までも教わった「Rockn' Roll」について唄ってみた。

特番「クリスマスの約束…きっと君は来ない」

この前、小田さんの特番でコーラスとして参加してきた。小田さんとは福岡の海の中道というところで一緒にジョイントしたが、小田さんが最初で、その後スタレビ、それからジョイントの三部構成になっていたが、どう考えても小田さんの出番が先というのはおかしいと思う。でも小田さんは「明るいほうが好き」なんだって。ジョイントしたとき、ウチの寺田が間違えちゃったら、演奏を中断して、ステージで「今、おたくのバンドが間違えた!」って言うんだ。しかも最初からやり直すんじゃなくて「今のところからもう一回やろう」だって。ただのオヤジだよ(笑)。

25日に放送される、特番のときでも5パートくらいCDにそれぞれコーラスを入れたものをみんなに配ってくれて、「自分の好きなパートをやっていいよ」と言われて、いざ収録に行ったら、誰もいないパートに「要、お前そこだ」と勝手に割り振られた。もっと目立つ高いパートをやりたかったのに、「あ〜、あ〜」って低く唸っているだけ。全然、おもしろく無かった(笑)。

日ハム片岡移籍の情報をリーク!

先日、金石くん(広島−日ハム−巨人に在籍した元プロ野球選手)と陣内さんの品川のホテルで行われた結婚式に呼ばれたんだ。500人も来ていて、たくさん芸能人が来てたみたいなんだけど、オレの席は親戚の人達と一緒のところ。まあ、カラオケ仲間だから芸能人としての付き合いじゃなくて親戚みたいなもんだけどさ。

この前、その金石くんと下柳くん(現、日ハム投手)とFA宣言した片岡さん(ちょうど、移籍か残留かでスポーツ界では話題になっていた頃、結局、阪神に移籍を決めた)たちでカラオケ行って、本人もちょうど悩んでいた時期で、下柳が「要さん、片岡さんに聞いてみて下さいよ」とけしかけるので、「よし」とばかりに、

「片岡さん、どこ(の球団)へ行くんですか?」

そんなにストレートに聞いた人いないよ、って周りがびっくりしてた(笑)。

それから要さん(自称カラオケのプロ)のカラオケ講座に話は進んでゆく…。(略)

紙ジャケット仕様の「Style」のこだわり

普通のプラケースと呼ばれるものよりも紙ジャケットは1枚あたり約30円のコスト高。でも価格は変えずに身を切る思いで「紙」にした。実は、同じような紙ジャケのアルバムが家にあった、ニール・ラーセンというジャズミュージシャンで「ジャングル・フィーバー」と「ハイ・ギア」というアルバムなんだけど、これってLPもあったよな、って探してみるとLPと同じようなやつれ方してるんだよ。経過年数がアルバムに出ている、というかね。

この「Style」は浮き文字になっていて年とともに変わってゆく、老いとともにその深い味わいを感じていただけたらな、と思う。

「オレたちのStyle」は「あなたのStyle」なんだよ。

2001年の残念な出来事

ジョージ・ハリスンの死、ニューヨークの悲しい事件。

それから、予期しない出来事があった。

キーボードの光田が辞めてしまったこと。

中にはご存じない方もいらっしゃるかもしれないが、すべての人にお伝えすることは出来ないことは分かっているが、僕らにとってはできるかぎりの選択をしたと思っている。ただ、今回は対応が遅かったためにいろいろご迷惑をおかけしてしまった。

(94年に脱退した)三谷の場合は、デビュー当時から同じ道を歩きながら、微妙なズレを感じてしまった。それでも三谷のときとは違って目指すものはお互い同じだったんだと思う。ただ、方法論が違っていたんだ。

今回アルバムを創る上で、熊谷氏という外部のプロデューサーやアレンジャーを引き入れ、作詞作曲はすべて僕ということで、スタレビのアレンジャーとして、そしてサウンドプロデューサーとしてのモチベーションを自分の中に持っていた光田としては、それが理解できなかったかもしれない。オレとしては、もっと先々のスターダスト・レビューを見据えてやったことが光田にとっては急なことに感じたんだと思う。光田はソロアーチストとしての活動もあったので、アーチストをケアする上でとても大切なマネージメントが別々だった、というのが1番の原因なんじゃないかな。

今までの20年間の歴史の中で、「キーボードが居着かないバンド」、と言われてしまった。

スタレビは決して僕のバンドでも無ければ、柿沼のバンドでも寺田のバンドでもない。ただ、どうしても曲を創って、唄うのは僕であることが多いのでメインになってしまうことは仕方が無いと思っている。

光田がシングル「My Love」を録り終えた時点で辞めてしまったので、「さて、どうしよう?」と思っていたら身近なところにコーラスのプロフェッショナルがいた。それが前のキーボードの三谷だったんだ。彼にコーラスでアルバムには数曲(M2「まだ君を」、M7「Bland New Heart」)参加してもらっているんだけど、びっくりしたのは一緒にコーラスを録っていた伊藤くん(Something ELse)だよね、なにしろ、昨日は光田で、今日は三谷が横にいるんだから…「いったいどうなってんの?スタレビって?」って驚いてたよ。でも聴いてみたら、88〜89年のスタレビがコーラスでが〜んと押していた頃の音になってるんだよ。社長と顔見合わせて「スターダスト・レビューじゃん」と思わず言ってしまった。

2002年は大人の年に

福岡でのアンケートで「ジャケットでサングラスを外しているのはなぜか?」と聞かれたが、自分で自分のルックスにはコンプレックスを持っている。それでもライブでギター持っているときは「オレってかっこいい!」と思っているが、後で写真を見せられて「え〜?」と思う。ライブでは「いたこギタリスト」として、今日のオレはジミー・ヘンドリクスだ!とかエリック・クラプトンだ、ってまだ生きてる人までのりうつる(笑)。そんなイマジネーションが大事だと思う。足りないものは想像力で補ってほしい。

「だまされることも大切なんだ。」

みんなには、気持ちよくだまされてほしい。ディズニーランドに行ってミッキーマウスの人形の中には人間が入っているのは分かっていても、それをミッキーだと思うじゃんか。それが大人だと思う。でも最近「大人」が尊敬されなくなってきた。年を取るのは悪いことじゃないと思うんだ。

ロックには音楽だけじゃなくて生き方も教えてもらったが、その中で忘れられない2つの言葉がある。1つは、まさに時代はベトナム戦争まっただ中、1967年モンタレー・ポップ・フェスティバルにて、ジミー・ヘンドリクスやザ・フー、そしてママス&パパスなどが出ていたが、世間では「愛国心を持て!」だの言われているときに、ジミ・ヘンドリクスはこう言ってのけた。

「愛国心なんかクソ食らえ、国に持つくらいなら地球に持て」

あの時代にこんなこと言えるなんて、すげぇな、と思ったよ。もう一つは、当時は不良と言われたバンド、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが、「いつも新しい音楽を創り続けるには?」という質問に

「ちっぽけな才能と過去の偉大な音楽があれば簡単さ」

でも、音だけをコピーするのではなく、その創り手のハート(MIND)を感じていかなくてはダメなんだ、と思う。

めぐり逢えてよかった

(歌詞が書かれた大きな紙を手に登場する要さん)福岡でライブをやったときにスタッフから1曲「Style」の中からやってくださいよ、と言われた。

10曲目の「めぐり逢えてよかった」という曲は「Style」を何回もリピートして聴いたんだけど、必ず9曲目聴いたら1曲目に戻してた。自分で聴くのはちょっと恥ずかしくて。実はこの曲は自分で弾き語りで唄っているんだけど石川さんのアレンジでビートルズの「Strawberry Fields Forever」と同じような創りになった。「出会えた人にありがとう」という意味を込めて唄ったもの。

今回のアルバムは自分で自分をRespectできるようなアルバムになっていると思います。それだけ僕自身が絶賛できるアルバムが出来ました。ぜひ、聴いてみてください。

2002年ツアーへの意気込み

選曲がすごい、「え?あんな曲もやっちゃうの?」「え?あの曲はやらないの?」とびっくりすると思う。そりゃそーだよ、新しい曲が加わったら古い曲はできなくなるんだよ(笑)。

今年は毎年恒例だったクリスマスライブが無いのですが、毎年ずっと続けていたので、たまには休んでみようかと思った。それと…横浜アリーナは僕らにはデカすぎるかな。お客さんはゆったり見られたかもしれないけどね(笑)。それから、今回、新宿の厚生年金から中野サンプラザに変えました。なぜか?それは…

「達郎さんが使っているから」

あれだけ達郎さんがサンプラザにこだわる理由が知りたくなった(笑)。

次回のツアーは6人で回ることになると思います。ぜひまた逢いに来て下さい。今日はありがとうございました。

よいお年を。


2001年12月14日 大阪・門真市民文化会館

(AKOさんのレポートです。)

M1  シュガーはお年頃

M2 今夜だけきっと
M3 My Love
M4 トワイライト・アヴェニュー

M5 少年
M6 You are the sunshine of my life

M7 ケンとメリー〜愛と風のように
M8 1%の物語

M9 ふたり
M10 ブラぺ

M11 Goin' Back To 1981
EC  めぐり逢えてよかった

※ “My Love”やNewアルバムの話
(福岡で“要さんなんでサングラスはずしたんですか?”の質問を答えるのに15分かかった…ということで、スタッフから7分ルールが設定され、タイマーをセット…ま、意味なかったんですけどね。)

※Styleの話
「今日、入るときにかかってた曲が、アルバムの1曲目に入ってるんですが、今回のアルバムで言いたかった事は、人間のスゴさなんだけども、自分が幸せになれば、家族が幸せになって欲しいし、そうなれば町も幸せになって…とその小さな奇跡が世界中に広がっていけばいいなぁと思って作った曲です。このアルバムでは人とのふれあいのすごさ、ぬくもりを伝えたかったんです」

※「一人で寂しいよ。バンドはいいなぁ…」(光田さん脱退の説明)
「あえて誤解を恐れず言うならば、“光田がいなくなったから出来たアルバム”と言いたい。(彼がいて出きるアルバムなら一緒に作れば良かったんだから)光田にも“スタレビを離れたからできた作品”を作って欲しい。」

※「beat club にチャゲ&飛鳥がゲストで来てくれたので、お願いをしたんだけど、来年の夏にジョイントライブをしたいな…と。今年の夏かな?J-WALKとハウンドドックとで、J ドック レビュー、還暦ロックってのはどうだろう?と提案したけど、話は進んでません…(苦笑)」

※(カラオケ仲間の話から最近のお友達、京本さんの話に。京本政樹さんから誕生日にプレゼントをもらった。あけてみたら京本政樹グッズ、仕置き人のフィギア…(苦笑))


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